死。起きて目を開け活動している時間・空間を生=実人生と定義するなら、睡眠中は死。
●人は生涯の三分の一は眠っています。睡眠には体と脳を休め、回復させる働きがあります●(参考:読賣新聞2015年12月2日朝刊)
この伝でいけば一日8時間の睡眠は生=実人生にカウントされる。それ以上の睡眠を死と言い直そう。長きにわたり毎日8時間以上摂り続けている俺は、死にすぎた男。
相談者(同病相憐れむ。親しみを込め、以下お前と呼ばせていただく)も相当なヘビー・スリーパー、ディープ・スリーパーのようだね。旅先でやらかすとダメージは大きくなりがちなんだよな。
ブルートレイン銀河で大阪へ行った時に寝過ごした。スライドカーテン開けたら車輛はもぬけの殻、停止し静まり返っている。最上段ベッドから下りて外を見たら広い野っぱらに何本もの線路、後方に巨大な車庫。ぼさぼさ頭を抱え溜め息ついたところにほうきとちりとり持ったおっちゃんが入ってきた。掃き出されるようにして線路に降り立った生ゴミ同然の俺は、嘲り笑うような日光を浴びながら枕木の上で佇んだ。
俺に夜行の寝台列車はまずかった。猫に小判、否、かつおぶし。へたしたら東京大阪間往復寝倒して起きることだってあり得るんだから。『あれ?まだ発車してないのか』なんて。
近づいてきた制服姿の男性に訳を話すと、もう少ししたら大阪駅に戻るので乗っていくか、と。拾う神の彼は機関士で、運転室にまで招き入れてくれた。種々のスイッチ、メーター、レバーを前にして機関士と雑談交わしながらゆっくりゆっくり進むブルートレインに揺られる気分は乙なもの。撮り鉄とか称される皆の衆からしたらヨダレものでしょう。
メカニカルな室内とは対照的な車窓の眺めも同じく非日常の観が強く、豊かな暖色の花畑や陽を乱反射させている川面、青空を刻む鳥などがシュールにサイケに迫ってくる。いつしか浮遊感と高揚感とで陶然としてしまった。車輛区だか保線区だかを出発し大阪駅に到着するまでの約15分、幹線ならぬ支線を走る箱の中にいた俺は確かに起きて目を開けていたけれど、死んでいた。ありゃ臨死体験だったとしか思えない。揺りかごから墓場までの顛末とござい。
かようなボーナスをいただける寝坊は例外中の例外で、寝覚めが悪いのが常、失うばかりで三文の徳もない、見舞われるのは自己嫌悪と徒労感。自分だけならまだしも、他人に迷惑をかけ損害を与える場合もある。
後にも先にも一度だけ就職した会社も度重なる寝坊、遅刻が原因でクビになったんだっけ。11時始まりのその会社、試用期間の最初の一か月は10時出社が義務づけられていたのだが、三日目に10分遅刻、五日目に23分遅刻、結局一か月で5回やっちまって2回始末書を書かされた。上司がかばってくれて本採用となったが、掟破りの頻度、程度は悪化の一途。いやみ、皮肉、叱責、罵倒をちょうだいするのは日常茶飯事。夜の7時に出勤した時は褒められたけどネ。きりがないからやめよう。
糞詰まりだの食欲不振だので薬をのむ人間とは本当にけったいな動物だが、極みは寝つけないっちゃ薬をのむことだろう。信じられない、片腹痛い。が、先日、不眠症は国民病という新聞記事に接し、考えさせられた。お前も俺も非国民だ。
どうして起きるべき時刻に起きられないのか、なぜゆえ眠りすぎるのか。その現象が顕著になったのは高校時代。規則法律でがんじがらめの四角四面の社会構造にたてつく意識がいくらかあり、尾崎豊の歌の主人公みたいに校舎の窓ガラス割ったり先生を糾弾したりする代わりに寝坊して遅刻や欠席を繰り返した次第。ジェントルでサイレントな表現ですね。おまけにみっともないですね。でもそれがいかすと感じ、悦に入っていた。
時を経るにつれ一つだけわかったこと、単に起きられないだけ! 寝過ぎに理由はない! 反体制の闘士を気どりたくて寝坊していたわけじゃなく、寝坊を正当化、美化したかっただけ。かっこつけてたんじゃなく、かこつけてたんだ。
食べ過ぎが腹痛を起こすように寝過ぎは頭痛を起こすと何かの本で読んだが、その通り。これが厄介。普通人の倍の時間眠って目覚めた時の頭痛のひどさは半端じゃない。吐いてしまうこともある。二日酔いの症状と同じ。二日寝酔いだね。で、迎え酒の要領で迎え寝。どうしようもない、寝るしかないんだよ。薬なんて何をどう服用しても効かないんだから。お前はどうだい? 頭痛は伴わないのかな。
それほど過度に眠っていないにもかかわらず頻繁に激しい頭痛に襲われる時期があってね。頭蓋骨の奥に奇妙な果実がなり、徐々にふくらんで破裂したら大変だと思い、脳神経科の医院を受診した。CTスキャンとMRIで調べてもらった結果、異状なし。もちろん安心したけど、問題が認められて治療してもらいたい、積年の苦しみから解放されたい気持ちもあったので、ちょっぴりがっかりした。医者は「規則正しい生活とバランスがとれた食事を心がけ、ストレスをためないように」てな通り一遍のアドバイスしかくれなかった。ふりだしに戻る。
お前はナルコレプシーじゃないよね? 時と所かまわず発作的に寝込むことはないよね? 起きたら道端、公衆便所の中、なんてな失態はないだろうね? ナルコレプシーは病気(のよう)だから病院へ行け。俺同様あくまでも自宅の蒲団が主舞台の密室劇だと思うけど。
過眠は嗜眠とも呼ばれるらしい。ふざけるなっての。こちとらコーヒーや囲碁将棋を嗜むように眠るんじゃないわい。余裕や客観性のかけらもない。遊びじゃない。熟睡、爆睡を通り越した昏睡だよ。そう、日ごと夜ごと昏睡強盗に遭うようなもんさ。訴えてやりたいぜ。奪われた時間、金、職、信用、友、恋人を返せー! 眠事訴訟。
ホシは外部のモノだ、それだけはまちがいない、と思う。一瞬のうちに両手で首をしめ第三の手でクロロホルムをかがせ第四の手で目に砂をすりこむような凄腕の魔モノだよ。しかし困るのは、奴の手にかかって臥せる自分が一箇の他者である点。加害者も被害者も特定できず実害も認定しにくい非常にむずかしい裁判になること必至。
とにかくお前は悪くない。惰眠をむさぼってるわけじゃないことは、弁護人の俺が請け合う。
昏睡中の己れを人間抱き枕として利用できないもんかなァ。一番鶏が鳴こうが物干し竿に並んだカラスが合唱しようが宅配業者がドア叩いて何度インターフォン押そうが電話や目覚まし時計がわめこうが耳に水が入ろうが起きない体を自室に置きっぱなしにしておくのはもったいないよ。この時季、湯たんぽ代わりにもなるしさ、冷え性の女性にはうってつけでしょう。デリバリー人間抱き枕、どう? 一週間レンタルなら料金割引、一週間以上は応相談。
睡眠発電できないもんかなァ。一日8時間以上の睡眠は自動的に電力に変換して蓄電池にまわし、たまった余剰電力は好きな時に売れる。その際、深い連続睡眠は高品質として高値とする。間もなく電力自由化だろ、誰か船橋睡眠電力会社を設立させてくれよォ。安定供給保証付き、優に10軒分の電力は賄えると思います。金儲けしたいわけじゃない、食っていけるだけの実入りがあれば十分。お前と合名会社つくれば磐石かもな。寝過ぎで社会を明るく照らせるなんてスマートだよねェ。
おそらく地球上の一日に割り当てられる睡眠の量は決まっている。目に見えないけれど、オゾン層みたいに浮かんで包んでいる。それを人々が競うように取り込んでいる寸法。なあ、お前、俺たちは睡眠盗賊なんだよ。不眠症の方々が得て然るべき分をせっせと横取りしちゃってる大泥棒なんだ。そして悩める彼らが睡眠薬買ったり医者にかかったりすることで発生する経済効果に貢献している。申し訳ないと頭を下げてから床に就けよ、悪夢は彼らの怨みと思え。今までの過剰な余りにも過剰な睡眠をもし溜めておけたとするならば、貧眠の皆様のために全部寄付すべきだ。我らは富眠、大富眠なんだから。俺が睡眠界のビル・ゲイツなら、お前はさしずめマーク・ザッカーバーグ。
●人間の体は地球の自転に合わせ約24時間周期で体温を調節し、成長ホルモンの量が変化します。昼に活動して夜は眠るようにできています。24時間周期は体内時計というシステムによるものです。標準時刻を決めるメインの体内時計は脳にあり、全身の細胞にもサブの体内時計があります●(参考:同上)
この説にのっとれば、俺たちは反自転ないし超自転の、地球とそりが合わない人種。いかんともしがたい異分子。もっとも俺はとうの昔に24時間周期だの昼夜二分法だのと訣別し、眠主主義を標榜してるけどね。だって三分の二寝て、三分の一起きてたら前者が主で後者が従なのは自明じゃん。地球ごときに俺様の体内時計を狂わされてなるものか。船橋眠主主義人民共和国なる独立国家を樹立した暁には、お前をいの一番に招聘するよ、重要閣僚ポストを用意して。
最近知ったのだが、グリシンという物質が深い眠りをもたらす由。それは体内で作られるアミノ酸の一種で、ホタテなどの魚介類にも多く含まれるそうな。俺たちはグリシン過多症かい? その濃度だか強度だかも並外れたレベルに達しているのだろう。一滴で覚醒剤10kg分の反作用があったりして。製薬会社や大学病院への営業回りはどうだい?「俺のグリシン要らんかえ〜」って。効能抜群で安全な睡眠薬が作れること疑いなし。こりゃ俄然現実味を帯びてきた。わざわいを転じて福となせ、めざせグリシン成金!
若かりし頃のようにぶっ通しで16時間、17時間寝込むことはない。過眠の量が減り始めて久しい。歳はとりたくないよ。眠りにもパワー、脳/能力が必要であることをつくづく実感する今日この頃だ。一週間で平均より一日分多い(64時間)程度、エイト・デイズ・ア・ウィークね。お前は若い。上り坂。睡眠時間は増える一方。同時に悩み、苦しみ、焦りを背負うことも避けられない。ほんと〜に身につまされる。解決策、か・・・・・・
コックリさんに聞け。これじゃあんまり、笑えないシャレ。起きて目を開けていても寝言ばかり、泥船にして白川夜船の俺はこうとしか言えない。夕陽に向かって走って明日を撃て!