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田中六大マンガ劇場第三回「村雨妖怪センター 塗仏編(前)」

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マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回自由に描くwebマンガ連載。

マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回テーマもページ数も自由に描くwebマンガ連載。
田中氏がどんな世界を見せてくれるのか? どうぞお楽しみに!

【田中六大】
1980年生まれ。多摩美術大学大学院修了。あとさき塾で絵本創作を学ぶ。
第7回アックスマンガ新人賞佳作。第50回ちばてつや賞佳作。第5回ますむらひろしコミック大賞受賞。

著書として
・漫画
クッキー缶の街めぐり(青林工藝舎)
・絵本の作・絵
でんせつのいきものをさがせ!(講談社)
・絵本の絵
だいくのたこ8さん(作・内田麟太郎/くもん出版)、しょうがっこうへいこう(作・斉藤洋/講談社)、ねこやのみいちゃん(作・竹下文子/アリス館)など
・児童書のさし絵
音楽室の日曜日(作・村上しいこ/講談社)ひらけ!なんきんまめ(作・竹下文子/小峰書店)願いのかなうまがり角(作・岡田淳/偕成社)など
http://www.rokudait.com/

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おばあさん その1「マサヲ」/みぎわパン

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裸のおばあさんが仕掛ける禅問答?
みぎわパンの実験マンガ連載。

ひとりの裸婦がいます。おばあさんです。
おばあさんがひとり、どうしてこんなところにいるのでしょう。バザーで売れ残って自由の身になったのでしょうか。このマンガは解らない場面の連続です、と行きたいところですが人の一生の一場面の解らなさにはかないません。
インターネットという情報の海をツイッターでブログで足跡で視線で人との縁でひとり言で一部泥水に変えてしまった負債をここでお返しできたら良いのですが、おばあさんの裸のにおいで余計に穢してしまうかもしれません。あらかじめ、ご免なさい。
この海で、おばあさんと読者諸氏と、どうやって遊ぼうか。始めて行きます。

【みぎわパン】
月刊漫画「ガロ」1985年6月号で「ぱんこちゃんになろうっ」で入選。2000年11月号まで同誌に執筆。他に雑誌イラスト、イラストマンガなど。
単行本は、1986年「ぱんこちゃんになろうっ」、1990年「ぱんこちゃん」(株式会社 青林堂)。 長谷川純子氏との共著「乙女の大ピンチ」1998年(株式会社 祥伝社)

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おばあさん その3「大判焼ねーっ」/みぎわパン

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裸のおばあさんが仕掛ける禅問答?
みぎわパンの実験マンガ連載。

ひとりの裸婦がいます。おばあさんです。
おばあさんがひとり、どうしてこんなところにいるのでしょう。バザーで売れ残って自由の身になったのでしょうか。このマンガは解らない場面の連続です、と行きたいところですが人の一生の一場面の解らなさにはかないません。
インターネットという情報の海をツイッターでブログで足跡で視線で人との縁でひとり言で一部泥水に変えてしまった負債をここでお返しできたら良いのですが、おばあさんの裸のにおいで余計に穢してしまうかもしれません。あらかじめ、ご免なさい。
この海で、おばあさんと読者諸氏と、どうやって遊ぼうか。始めて行きます。

【みぎわパン】
月刊漫画「ガロ」1985年6月号で「ぱんこちゃんになろうっ」で入選。2000年11月号まで同誌に執筆。他に雑誌イラスト、イラストマンガなど。
単行本は、1986年「ぱんこちゃんになろうっ」、1990年「ぱんこちゃん」(株式会社 青林堂)。 長谷川純子氏との共著「乙女の大ピンチ」1998年(株式会社 祥伝社)

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「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」 第二回 池田ハル

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イラストレーター池田ハルが娘さんと一緒に作る楽しいハンドメイド!!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」第二回 池田ハル

羊毛フェルトと木の実のクリスマス・オーナメント

寒くなりました。今年もあと少しですね。
さて、この連載のタイトルとして、前回作りました紙刺繍が面白かったので今月も作ってみました。羊毛フェルトと木の実の組み合わせです。紙粘土も使ってたくさん作りました。12月ですから「クリスマスのオーナメントを作ろう!」と決めていました。
でも、考えてみたら我が家には飾り付けるほど大きなクリスマス・ツリーがなかったんだよねぇー。
昨年から娘さんもあたらしいツリーを欲しがっていたので、今年は買おう!ということになりました。中くらいのシンプルなツリーを買いました。

この秋はよく下を向いて歩いてました。探し物をしていたのです。松ぼっくりやどんぐり、小枝も必要でした。探している時は見つからないものですね。
代々木公園にはぜんぜんないのです。結局、松ぼっくりは明治神宮でたくさん見つけました。どんぐりは大きいのがどうしても見つからなくて、娘さんが遠足で拾って来たものをもらいました。
今回一番むずかしかったのは「どんぐり」に穴をあけたところです。マスキングテープで床に固定してさらに両足でそれを押さえつつキリであけました。後から知りましたけど、なんと「どんぐり」に穴をあけるための機械があるそうで。すごいな!いつか見てみたいです。

そんなわけで今回は、羊毛フェルトと木の実+紙刺繍の飾りに加えて、紙粘土をこねてサンタクロースや娘さん、蝶や花の絵を描きました。仕上げに工作用のニスを塗ったらピカピカになりました。思ったよりかわゆく、安上がりに出来たと思いますよ。
そして、去年よりもとてもとても豪華な我が家のツリーです☆
すべて飾り付けをした夜、ライトアップしてみせたら『わぁー!!!』と、娘さんも大喜びでした♪
毎年少しずつ飾りが増えたら、さらに大きなツリーが必要かな?(置くところがなーい)

ふつうはそれほど大きなツリーはいらないですよね。でもこの季節、小さな飾りがお家に1つあると楽しいかなと。年内に引っ越してしまうお友達のAちゃんのお家に、そんな小さな飾りを作りに親子でオジャマして来ました。

ハルさんちのワークショップ@さようならのお友達のおうち篇

「親子でミニツリーをつくろう。大きなブーツと小さなブーツ。似顔絵付き!」

まず二人にお互いの似顔絵を描いてもらって交換しました(二人のサインつき)。
それから、紙粘土で作った大きなブーツと小さなブーツに小枝をさして、松ぼっくりやどんぐりの好きな飾りをつけました。
最後に羊毛フェルトを雪や葉っぱに見立ててあしらってもらいました。紙粘土で作ったお花の飾りはわたしからのプレゼントです☆
できあがりー!

ここまで約20分くらい。なんと、きんちょーしてガチガチのお二人でしたー(苦笑) 今回事前にワークショップのことを話しすぎた様で。それほど盛り上がらなかったねぇ(涙涙)

ワークが終わった後に、Aちゃんのお家にあった工作本をみて二人で怪獣を作ってー。そこからが盛り上がってました『がおぉぉぉぉーーー!!!』なんて、紙の怪獣に食べられて楽しそうだったなぁー。子供たちには必要なじかんだね。おまけにミニツリーは素材にこだわりすぎたため、飾りが重くて倒れてしまう。大きなブーツと小さなブーツの下はガムテープで固定しなくてはなりませんでしたー。はぁ、、、子供とのワークって最後まで何がおこるかわからない。だからすんごく面白いっ!!

Aちゃんのお家はマンションの上階にあって、いつも通っている道なのに、そこからは今まで見たことのない景色が広がっていました。『わぁーーー!きれいだね!!』真っ黄色に紅葉した銀杏並木を見下ろしつつ、もうこのお家に来ることはないんだなぁと思いました。
またあたらしいお家で遊んでください。元気にしていてね。バイバイ。

カチューシャがお似合いのAちゃんと、みつあみ隊長の娘さん、どうもありがとう。

さぁ今回いろいろ作りましたけど、はじめて紙粘土を着色まで完成させた時のシリーズがいいかんじなので最後に。

左上から、餃子、おちゃわん、ハンガー、金魚、おだんご、お寿司などなど。上の写真の中に東京タワーと、抹茶のドーナツもあるよ。見つけてみてくださーい。

今日はここまで。

皆さま、よい新年をお迎えください。

池田 ハル プロフィール

福岡生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、古着屋店長、デザイナーなどを経てフリーランス。イラストレーターとして女の子の企画を中心に活動中。ハンドメイド好きな一児の母親でもある。
「小さな手が大きくなるまで一緒に手作りできたらいいなぁ♪」

HALNOTE.COM
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「魔血子」ひばり書房刊 第三回

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ひばり書房より刊行の清水おさむ氏デビュー作「魔血子」の第3回目配信

本書「魔血子」は、ひばり書房より1974年12月20日発行された清水おさむ(旧・修)氏のデビュー作。

ひばり書房に持ち込みに行き、早々と単行本のオファーを受け、200ページをわずかな2ヶ月という短期間で描き上げた傑作です。
本人曰く、「信じられないくらいのいかがわしい作品」(「JUKU」より)。
しかし、世間での評価は高く、当時350円だった本書は現在ではプレミアム作品として高額な値段で取引されているほどです。
その価格も納得の一度読んだら忘れられない凄まじい作品です。

「アックス」で連載中の新作「魔血子」と読み比べてご堪能ください。

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「流れる雲のように」 第4話 末井昭

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高校卒業し出版界に入るまでの苦悩と葛藤を描いた連載小説! 挿画/東陽片岡

「流れる雲のように」 第4話 末井昭

4. ガンビの母

僕が小学校5年生の頃、父親が女の人を連れてきました。年は40ぐらいの無口な人でした。どこで知り合ったのか、どういう人なのか、何も知らされないまま、その人は家に住むようになりました。父親は白痴の女の人とオメコするぐらいですから、そっちの方面でも切羽詰まった状態だったのかもしれません。

その人は文字を読むことも書くこともできない人でした。兵庫県の田舎の出身だということはわかったのですが、どういう生活をしてきたのか聞いたことがありません。子供だったから、そういうことに関心がなかったのかもしれませんが、何か聞いてはいけないことのように思っていました。のちに、その人に子供がいたということを知ったのですが、その子供がどこにいるのか、生きているのかどうかも、その人は話しませんでした。とにかく、自分の過去の話は一切しない人でした。

その人が二度目の母親になるわけですが、なかなか「お母ちゃん」と呼べなくて、ずっと「オバサン」と呼んでいました。

名前は「おしゅん」といいました。まるで江戸時代のような名前です。その古くさい名前も、文盲であることも、無口で社交性がなく殻に閉じこもっているような性格も嫌で、その人が自分の母親になることを認めたくなかったのかもしれません。

僕が「オバサン」と呼んでも、その人は嫌な顔もせず笑っていました。自閉症のような人でしたが、性格は明るいとまではいかなくても、暗い陰鬱な人ではありませんでした。何か自分の身の回りで起こることはすべて受け入れる、というような感じの人でした。

父親は再婚してからまた鉱山で働くようになったのですが、相変わらず家は貧乏だったので、オバサンも働くようになりました。

といっても、岡山の山奥に働き口があるわけはありません。誰にでもできる唯一の現金収入は、山でガンビを採ることです。漢字で書くと雁皮で、正確にはガンピというのだそうです。Wikipediaによると『奈良時代から製紙原料として用いられている。高さは1~3m、枝は褐色、葉は卵形で互生し、初夏に枝端に黄色の小花を頭状に密生する。繊維は楮(こうぞ)の3分の1程度と短く、その質は優美で光沢があり、平滑にして半透明でしかも粘性があり緊縮した紙質となる。』とあります。村の人は、ガンビはお札の原料になっていると言っていましたが、おそらく高級和紙か何かの原料になっていたのだと思います。

そのガンビを採ってきて、皮を剥いて天日で干します。月に1回ぐらいそれを買いに来る人がいて、ガンビ採りは村の人たちの小遣い稼ぎになっていました。

オバサンは毎日山に行くようになりました。村の人は、小遣い稼ぎにガンビを採るものの、それを仕事にしている人はいません。そのうち「おまえんとこのオカァがガンビばっか採るから、山にのうなってしもうた」と、村の人から嫌味を言われるようになりました。

ガンビは通常鎌で切り取るのですが、オバサンは小さなガンビは全部引っこ抜いていました。根の部分も売れるからです。しかし、引っこ抜くとガンビは生えなくなります。村の人が嫌味を言うのは、そのこともありました。

オバサンが、ボロボロの服で、採ったガンビを背負い、しかも歯でガンビを剥きながら歩く姿はかなり異様でした。それを人に見られるのが恥ずかしくて、できれば学校の前だけは通って欲しくないと思っていました。しかし、オバサンのガンビ採りの範囲はものすごく広くて、ときには学校の前をその異様なものが通ることもありました。「おい、昭ちゃんのお母さんがとうりょうるで」と同級生に言われるたびに、僕は真っ赤になっていました。

オバサンは、人からどう見られようが、どう言われようが、雨の日以外はいつも山に行っていました。いま思えば、山にいるときが一番平安だったのかもしれません。

一度オバサンは山火事を起こしたことがあります。オバサンは煙草をよく吸う人で、それが原因で山火事になり、村の消防団が出動して山火事は消し止めたのですが、オバサンは村の人から白い目で見られるようになり、ちょっとかわいそうになりました。

中学校に入った頃センズリを覚え、だいたい毎日寝る前にしていました。隣に弟が寝ているので、いつも出しっ放しです。その精液のついたパンツをオバサンはいつも洗ってくれて、「昭ちゃんは子種が多いから」とよく言っていました。その頃には、オバサンのことを「お母ちゃん」と呼べるようになっていました。

僕が高校に入った頃、父親は川崎に出稼ぎに行ったので、お母ちゃんと僕と弟の3人暮らしになりました。相変わらずお母ちゃんは山にガンビ採りに行き、僕はオートバイで高校に通い、弟は自転車で中学に通っていました。

僕が高校を卒業すると同時に、弟は中学を卒業して大阪に働きに出ました。弟が先に家を出て、何日かして僕も大阪の工場に行くことになったのですが、家に1人残るお母ちゃんがかわいそうで、家を出るときは涙が流れました。4キロの道のりをバス停まで歩いて行くのですが、振り返ると、お母ちゃんは歩いて行く僕を、ボロ家の前でいつまでも見ていました。

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イラスト: 東陽片岡

父親が住んでいる平間のアパートに同居するようになって半年ほど経った頃、お母ちゃんも平間に来ることになりました。寂しいから父親が呼び寄せることにしたのです。

父親が田舎に帰ったとき、家も土地も、わずかな畑も、それにオートバイまでつけて、3万円で村一番の金持ちに売ったと言います。いまの貨幣価値に換算すると30万円ぐらいだと思いますが、それにしても安いとそのとき思いました。しかし、いま考えてみれば、当時の山奥の土地に値段があったのかどうか疑問です。3万円でも破格の値段だったのかもしれません。

平間のアパートは6畳1間で、父親と2人でも窮屈なのに、そこにお母ちゃんまで住むことになり、僕は本気でアパートを出ることを考えるようになりました。

田中六大マンガ劇場第四回「村雨妖怪センター 塗仏編(後)」

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マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回自由に描くwebマンガ連載。

マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回テーマもページ数も自由に描くwebマンガ連載。
田中氏がどんな世界を見せてくれるのか? どうぞお楽しみに!

【田中六大】
1980年生まれ。多摩美術大学大学院修了。あとさき塾で絵本創作を学ぶ。
第7回アックスマンガ新人賞佳作。第50回ちばてつや賞佳作。第5回ますむらひろしコミック大賞受賞。

著書として
・漫画
クッキー缶の街めぐり(青林工藝舎)
・絵本の作・絵
でんせつのいきものをさがせ!(講談社)
・絵本の絵
だいくのたこ8さん(作・内田麟太郎/くもん出版)、しょうがっこうへいこう(作・斉藤洋/講談社)、ねこやのみいちゃん(作・竹下文子/アリス館)など
・児童書のさし絵
音楽室の日曜日(作・村上しいこ/講談社)ひらけ!なんきんまめ(作・竹下文子/小峰書店)願いのかなうまがり角(作・岡田淳/偕成社)など
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「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」 第三回 池田ハル

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イラストレーター池田ハルが娘さんと一緒に作る楽しいハンドメイド!!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」第三回 池田ハル

寒中お見舞い申し上げます。 寒さが厳しい毎日ですが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

さてこのお正月、東京はわりと暖かでしたね。
わが家は毎年恒例の初詣へ。それから、冬の家族旅行へ行って来ました。
「海のある街」までの珍道中ー、よろしければブログをご覧くださいね。
じつは旅先で、いいモノを見つけました!このページの素材に使いたいモノです。
今回は時間がなくて入手出来なかったことを口実に、また行こうと思ってますー。

と、のんきなことばかり言ってはいられませんが。年明けからさっそく、この原稿も遅れているのです。。
こんな調子ですみませんが、今年も親子共々どうぞよろしくお願い申し上げます!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」

親御さんたちの慌ただしさも、子どもたちの元気さも、MAXだったクリスマス明けの昨年末ー。
お友だちのAちゃん親子を招いてワークショップをしました。ママはお料理の先生なので、以前から作りたいと思っていたー
「おみくじクッキー」を相談して作ることに。それから、もう1つ心に決めているモノがありました。
かわいい「キノコのキーホルダー」を作りたい!(詳細は、以下のルポ・マンガをご覧ください)

Aちゃんとは、入園する前からのお友だちです。名前も似ていて背丈も同じくらい。 わりと体格のいい「食いしん坊」な女の子チームなのです。さぁ、オヤツをたくさん作らなくてはなりません。
しかも子どもたちをびっくりさせなくてはー。

クッキーの中にわたしが作った「こどもおみくじ」(似顔絵)を入れて焼き上げました。
アイシングまでかわゆくデコレーションしました。割るとくじが出て来ます。
「ハルさん」と「けむし」がジョーカー(×)ハズレ。「むすめさん」と「あーちゃん(Aちゃん)」が(○)アタリ。
青林工藝社さんとこのアイドル犬「ラッキー」もいます。とっても盛り上がりました!!

ちなみに「あーちゃんパパ」クッキーは、うちのパパさんが喰いました。ははは。 「くじ」の結果を気にしている二人が楽しかったです。バツはイヤみたいですねぇ。
最終的にはぜんぶ○「アタリ」ということになりました(笑)

「親子でこどもおみくじクッキーをつくろう!○と×?」WS・新春ワークショップ2本立て!

「親子でキノコのキーホルダーをつくろう!」WS

「キノコ」はお得意の紙粘土で型をつくりました。キーホルダーになる様に、あらかじめヒモを埋め込んだのですが、
着色の際にかなりジャマでした。塗りづらかったです。後から付けるべきでしたー。

でも、上の写真から伝わるでしょうか?最後まで大盛り上がりで、3時間くらい作り続けました。いやぁ驚いた!
途中、お互いにサンタさんからもらったプレゼントを持ち寄り「某ビーズ」あそびがはじまったり、、、
おままごとの野菜が並んだりとか、、、ワーク2本といわず、3、4本分はあそびましたね。
すごいテンションでした。楽しかった!!

Aちゃんとご協力いただいたママに感謝です。娘さんも喜んでいました。年末のお忙しい中を本当にどうもありがとう。

さいごに、年末年始につくったものシリーズを。右上から時計まわりにー
*クリスマス行事のために一晩で作った綿ニットのカーディガンと、出かける前の15分位で作ったレースとリボンのコサージュ。
「出針」は縁起がよくないのでだめと云われていますがー。。お金をかけずに少しだけ手間をかけたセットアップ。
*自分で作るお菓子シリーズ「ソフトクリーム」と「お寿司」。。。じつは好きですよねぇ。
*「くるみボタンとビジューのヘア・アクセサリー」これ、カンタンに出来て喜ばれるのでいろいろ作っています。
また後ほどご紹介しますね。

この頃は作ること、誰かに贈り物をすることばかり考えています。
手作りって、そーゆうことだと思う。

高価な素材はちょっとむずかしいですが、そこはアイデア次第ですね。
おもしろいこと、楽しいこと、色々と考えながら進みますので今年もどうぞよろしく。

怪我のないように、小さな手と大きな手とでモノ作りをして行きたいと思います。
今日はここまで。

池田 ハル プロフィール

福岡生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、古着屋店長、デザイナーなどを経てフリーランス。イラストレーターとして女の子の企画を中心に活動中。ハンドメイド好きな一児の母親でもある。
「小さな手が大きくなるまで一緒に手作りできたらいいなぁ♪」

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今日の病気・第1回「記憶と砂」/甲山弓

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心のつぶやきが不思議な音となって共鳴し、日常と非日常を行ったり来たり。

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どこかの島で記憶をなくした主人公と猿が、
生活したり病気になったり何かを発見したりするお話です。
月1回更新します。よろしくお願いします。

【甲山弓】
福岡生まれ。イラストレーター、漫画家。
2010年、第12回アックスマンガ新人賞 林静一個人賞受賞。
ちーぱか名でゆるいエッセイ漫画もwebで連載中
http://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=3&vm=top_tls
【片隅舎】 http://www.katasumisha.com/

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「流れる雲のように」 第5話 末井昭

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高校卒業し出版界に入るまでの苦悩と葛藤を描いた連載小説! 挿画/東陽片岡

「流れる雲のように」 第5話 末井昭

5. 牛乳配達と三畳間と集会

僕は中学生のときから工場に憧れ、高校を卒業するまでは工場で働けばお金がいっぱい稼げると思っていたのですが、何を根拠にそう思っていたのでしょうか。お金というものとめったに出会わない田舎にいたので、都会自体が黄金色に輝いていたのかもしれません。テレビから流れてくる高度経済成長期の社会のムードも影響していたかもしれません。

世の中そんなに甘いものではないということを、大阪の工場で働くようになってすぐ知ったのですが、川崎に来てからも同じでした。工場労働者の賃金は安く、洋服を買うでもなく、酒を飲むでもなく、もちろん女の人のいるようなところに行くでもなく、せいぜい映画を観て喫茶店に入るぐらいだったのですが、それでも給料は1ヵ月できれいになくなっていました。もちろん貯金などなかったので、アパートを出て自立するために牛乳配達のアルバイトを始めることにしたのでした。

工場にはアパートから歩いて通っていました。その道すがら、森永牛乳販売店の前を通りかかると、配達員募集の貼り紙が目に入りました。牛乳配達なら工場に勤めながらもできると思って、「牛乳配達をやりたいんですけど」と言うと、日焼けした顔の店主らしきおじさんが「明日から来てもらえるかなあ」と言います。急な話です。こっちも切羽詰まっていたのですが、向こうのほうがさらに切羽詰まっていたようで、翌日からその販売店で働くことになったのでした。

牛乳配達の朝は早く、4時起きです。日焼けした顔のおじさんに連れられて、牛乳を配る家々を教えてもらい、次の日から1人で廻るようになったのですが、夜更かしの習慣がついていたので眠くて仕方がありません。目は一応開いているものの半分眠ったような状態で、自転車の荷台に牛乳瓶が入った木箱を3つ積み、ハンドルの両脇にも牛乳瓶を入れた袋をぶら下げ、販売店を出発します。僕が任されていたのは平間から鹿島田方面一帯で、府中街道をフラフラ自転車をこいでいると、前方から来るトラックのライトでハッとして目が覚めることが何度もありました。

道幅いっぱいに大きなトラックが前方から来て、避けようとしたら道路脇の溝に落ちたこともあります。牛乳瓶がだいぶ割れ、牛乳をまき散らしたその場にしばらくひっくり返っていました。あのときトラックに轢かれていたら、牛乳まみれになって死んでいたかもしれません。牛乳配達といえども命がけです。

むかしはみんな牛乳を飲んでいたんですね。エンゼルマークがついた黄色い木箱に牛乳を入れ、空き瓶を回収して廻ります。牛乳を積んだ自転車は重いのですが、配っても配っても自転車は軽くなりません。空き瓶があるからです。疲れているときは、内緒で空き瓶をドブ川に捨てたりしていました。

犬に吠えられたときは泥棒に間違われるんじゃないかとビクビクしたり、アパートの外階段を上るときカンカン音がするので住民を起こすと悪いのでそっと登ったり、新聞配達に出会うと牛乳配達より楽そうに見えて新聞配達をやればよかったかなと思ったりしながら、2時間ほどかかって配り終え、余った牛乳を1本飲んで販売店に戻ります。

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イラスト: 東陽片岡

牛乳配達のアルバイトを始めたのは、父親と同居しているアパートを出るためだったのですが、デザイン学校に入る目的もありました。

新宿だったか渋谷だったか、デザイン専門学校のポスターを町で見かけたとき、「デザイナーになりたい」と突然思ったのでした。工場から脱出するにはこれしかないと思っていたかもしれません。

もともと絵を描くことが好きで、漫画家になるのが小さい頃の夢でしたが、漫画では喰っていけないと思っていました。デザイン専門学校のポスターを見てグラフィックデザインという仕事があることを知ったとき、漫画はダメでもデザインなら喰っていけると思い、デザイン専門学校へ入る決心をしたのでした。

朝4時に起きて牛乳配達、9時からは工場で働き、夜はデザイナーになるための準備としてレタリングを習うようになりました。通信教育の日美(日本通信美術学院)で、レタリング講座を受講したのです。睡眠時間がどんどん短くなるのですが、工場に行くと昼寝ができるので助かりました。

お金が少し貯まった頃、電柱に貼ってあった「空室あり」の貼り紙を見かけ、家賃3000円というのに惹かれ、その家に行ってみることにしました。

その家は、父親と同居していたアパートのすぐ近くにある平屋建ての一軒家でした。お婆さんが1人で住んでいて、夜が不用心ということもあって部屋を貸しているのだそうです。

玄関横の窓が2つある四畳半の部屋は、すでに女の人が住んでいるようでした。その部屋と襖で仕切られている隣の八畳ほどの部屋はキッチンと風呂がついていて、ここに家主のお婆さんが住んでいました。その隣にやはり襖で仕切られた三畳の部屋があり、それが該当物件です。窓がないため薄暗くかび臭い部屋でしたが、昼間はほとんど部屋にいないのでその部屋を借りることにしました。

早速引っ越しです。引っ越しといっても、家財道具は蒲団とわずかな衣類と机で、アパートから担いで運びました。机はレタリングの練習もあってどうしても必要だったのですが、それを置くと部屋の半分を占めてしまいます。レコードを聴きたくて足つきの小さなステレオを買ったのですが、それも置くと蒲団を敷くのがやっとでした。

その三畳間に住みだしてしばらく経った頃、休みの日に縁側で日向ぼっこをしていると、40前後の身なりの整ったきれいな女の人がやってきました。仕事は何をしているのかとか聞くので、その人としばらく話をしました。その人は「また来ますね」と言って帰ったのですが、いったい何をしに来たのだろうと思いました。でも、女の人に話し掛けられたりしたことがなかったので嬉しくなって、また来ないかなあと思っていました。

それから、その人がときどき来るようになり、来るたびにお菓子や、ときにはパンツなんかを持ってきてくれます。パンツをもらったときはドキドキしました。いつも30分ほど僕の話を聞いてくれるのですが、その人に淡い恋愛感情のようなものを感じていたかもしれません。

日曜日だったと思います。その人が来ていきなり「お寺に行きましょう」と言うので、言われるままその人とタクシーに乗り、どこかのお寺に行きました。そこで何か儀式のようなことをしたあと、小さな掛け軸のようなものをもらいました。その人は「それは仏壇に入れないとダメですよ」と言うので、仏壇屋に行って一番安い3000円の仏壇を買ってきました。その人はそれを見て「もう少しいい仏壇が買えるといいのにね」とガッカリした感じで言うので、貧乏な僕は少し恥ずかしくなりました。

三畳間に仏壇まで置くようになって、蒲団を敷くスペースがなくなってしまったので、僕は押入に寝るようになっていました。そのうち、その人はもう1人の女性と一緒に来るようになりました。そして、その人たちに誘われるまま、集会とやらに行くことになったのでした。

近所の大きな家の広間に20人ぐらいの人が集まっていました。そこで何か話を聞いたのですが、何を話していたかまったく思い出せません。そのうちみんなでお経を唱えだしました。みんなが一斉に大きな声でお経を唱えるのが異様な感じがして、どうしていいかわからなくなったのですが、一応みんなと同じようにお経を唱えるふりをしていました。誘われて行った集会ですが、独りぼっちで寂しかったこともあって、誰かと知り合いになれるんじゃないかと思っていたところもあります。しかし、みんなの中に入っていくことができなくて、逆に自分がどんどん孤立していくようでした。

集会には2、3回行きましたが、だんだん居づらくなり、そのうち行くのはやめました。そのあと、その女の人が1回だけ来て集会に来るようにと言われたのですが、その人に会うのも面倒になり、工場が終わったあとしばらく時間をつぶして帰ったり、日曜日は朝から出掛けたりしていたら、それっきり来なくなりました。

仏壇がじゃまだったので、ゴミと一緒に捨てようと思ったのですが、そのスジの人に見つかるとまずいと思い、お婆さんに断って庭で仏壇と掛け軸を燃やしました。こんなことをするとバチが当たるかもしれないと思ったりしたのですが、果たしてバチは当たったのか、当たらなかったのか、いまもってよくわかりません。

田中六大マンガ劇場第五回「足長」「猿の恩返し」

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マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回自由に描くwebマンガ連載。

マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回テーマもページ数も自由に描くwebマンガ連載。
田中氏がどんな世界を見せてくれるのか? どうぞお楽しみに!

【田中六大】
1980年生まれ。多摩美術大学大学院修了。あとさき塾で絵本創作を学ぶ。
第7回アックスマンガ新人賞佳作。第50回ちばてつや賞佳作。第5回ますむらひろしコミック大賞受賞。

著書として
・漫画
クッキー缶の街めぐり(青林工藝舎)
・絵本の作・絵
でんせつのいきものをさがせ!(講談社)
・絵本の絵
だいくのたこ8さん(作・内田麟太郎/くもん出版)、しょうがっこうへいこう(作・斉藤洋/講談社)、ねこやのみいちゃん(作・竹下文子/アリス館)など
・児童書のさし絵
音楽室の日曜日(作・村上しいこ/講談社)ひらけ!なんきんまめ(作・竹下文子/小峰書店)願いのかなうまがり角(作・岡田淳/偕成社)など
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「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」 第四回 池田ハル

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イラストレーター池田ハルが娘さんと一緒に作る楽しいハンドメイド!!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」第四回 池田ハル

  • 「誰かさんのハギレで作った体操着入れと、うわぐつ2足」
  • 「珍しいキノコ舞踊団 ~親子でカラダ遊び WS 」に参加して来ました!ルポ・マンガ。
  • 「ハルさんちのインフルエンザA」ルポ・マンガなど。

「誰かさんのハギレで作った体操着入れ」

さて、季節外れな緑がまぶしい写真から失礼いたします。写真は昨年の9月頃、2学期のはじまりに撮ったものー。今回はストックからのご提案になります。

以前に服飾の仕事をしていた時にデザインした、わたしのイラストの総柄~その残り生地(ハギレ)を使って、娘さんの「体操着入れ」を作りました。アップリケも当時に作ったサンプルです。裏には、包帯に「誰かさんの名前」をスタンプして縫い付けました。(これ「ネーム」といいます)手元にあったレースと組ひもを組み合わせて、すべて手縫いで仕上げました。てきとーな縫い目ですが、ミシンを出すのがめんどうだったのでー。

それほど残っていないハギレですが、サイケデリックな色合いがわたしは気に入っていました。何年も経って、こうして別の必要な何かにリメイクすることが出来て、生地も喜んでいることでしょう♪しかし、当の本人、娘さんはあまり喜んではくれませんでした
「絵がこわい」そうです。。。今のところは黙って使っているのですがー。

その内、もっと好みがうるさい女子になるのかなぁ。そうしたら自分で使うからいいけど、体操着入れ。。

(※今月号「アックス」97号に掲載されたマンガ「裸のアヌーシュカ / マリコの章」に~誰かさんの名前のこと、描いています。合わせてご覧下さい)

「うわぐつ2足」

もうすぐご入園、ご進級の季節ですね。あたらしいレッスンバッグや、うわぐつ入れ等が必要になります。ハンドメイド好きなママさんたちが、あたらしい生地やデザインにアイデアをふくらませている時かもしれません。指定に合わせてきっちり揃えた後の洗い替えには、こんな遊び心で楽しんでみてはいかがでしょうかー。

「うわぐつ」を染料(ダイロン)で染めてみました。レースも一緒に染めたものを後から縫い付けて飾りにしました。これ、娘さんもすっごく喜びました!でも、困ったことに色落ちするのです。。。くつ下は真っ赤っか!水につけ置きするタイプの「朱赤色」だったのですが、色落ちしてだんだん、泥遊びをして落ちていない「泥の色」みたいになってしまいました。これはちょっと残念でした。お鍋で煮込むタイプのダイロンだったら、もう少しは色持ちするのかもしれませんー。また挑戦してみますね。

それで、やはり「うわぐつ」は汚れめのしないビニールタイプが扱いやすいかなぁと思い、次はまた普通の白いうわぐつです(近くのスーパーで買いました)。わたしが小学生の時から使っているお裁縫箱の中に入っていたチロリアンテープ、ここに使ってみました。懐かしい~!キラキラのビジューとスパンコールなども追加。これは娘さんが自分で選びました。雪の日の撮影でした。

余談ですが、昔わたしの母が「ナース・シューズ」を染めていました。「うわぐつ」ではなく、普通に外履き用として使っていましたよ。鮮やかなパープルの染め上がりがきれいな靴でした。かかとが付いたデザインもいいかんじで、探してみたのですが今は見つからなかったです。はたしてあれはナース・シューズだったのかな?!

https://24.media.tumblr.com/f3431162bc44caca4e495621fec3e805/tumblr_n20gnrOSAK1sxl3axo5_1280.jpg

「珍しいキノコ舞踊団 〜親子でカラダ遊び WS 」に参加して来ました!

以下はルポ・マンガです。楽しかったですよー♪

いつものチョキチョキ親子でモノ作りもいいけど、カラダ遊びも面白かったです。また機会があればぜひ参加してみたいと思います。
講師の伊藤千枝さん(珍しいキノコ舞踊団)のこと、下のリンクからどうぞ。

会場の「かぞくのアトリエ」はステキな空間です。毎週、他にもいろいろなワークショップが開催されています。
0歳から~6歳までの親子教室もあります。こちらも下のリンクからどうぞ。

「ハルさんちのインフルエンザA」

今年はインフルにかかってしまいました。。娘さんではなく、わたしが。
せっかくなのでルポ・マンガを描いてみました。。。
ツラかったですけど、発見もありましたー。

今日はここまで。

池田 ハル プロフィール

福岡生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、古着屋店長、デザイナーなどを経てフリーランス。イラストレーターとして女の子の企画を中心に活動中。ハンドメイド好きな一児の母親でもある。
「小さな手が大きくなるまで一緒に手作りできたらいいなぁ♪」

HALNOTE.COM
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「ロマンガロン」第1話 まどの一哉

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ベテラン・まどの一哉が、なんとロボットマンガの長編に挑む話題作!

ベテラン・まどの一哉氏が、なんとロボットマンガの長編に挑む話題作!
これまでもお伽噺等をベースにSF色強い作品を描いていますが、この空想、実はもうひとつのリアリズムを表現しているのです。
コミカルな仮面の下に隠されたまどのマジックを新連載「ロマン・ガロン」でご堪能下さい!

【まどの一哉 】
1956年生、大阪府出身。美学校絵文字工房(講師・赤瀬川原平)卒。
1976年、月刊漫画『ガロ』12月号にて「運命の男」でデビュー。その後『クイック・ジャパン』等で作品を発表。
2006年より『アックス』で意欲的に作品を描き、現在オンラインマガジン『電脳マヴォ』にて「三角帽子」を連載中。

まどの一哉「絵空事ノート」http://esoragoto.iga-log.com/
「電脳マヴォ」公式サイト http://mavo.takekuma.jp/

著書として『洞窟ゲーム』『世の終わりのためのお伽噺』(青林工藝舎)、『西遊記』(ワイズ出版)がある。

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今日の病気・第2回「頭痛の種の巻」/甲山弓

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心のつぶやきが不思議な音となって共鳴し、日常と非日常を行ったり来たり。

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どこかの島で記憶をなくした主人公と猿が、
生活したり病気になったり何かを発見したりするお話です。
月1回更新します。よろしくお願いします。

【甲山弓】
福岡生まれ。イラストレーター、漫画家。
2010年、第12回アックスマンガ新人賞 林静一個人賞受賞。
ちーぱか名でゆるいエッセイ漫画もwebで連載中
http://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=3&vm=top_tls
【片隅舎】 http://www.katasumisha.com/

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「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」 第五回 池田ハル

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イラストレーター池田ハルが娘さんと一緒に作る楽しいハンドメイド!!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」第五回 池田ハル

  • 「数字のわかる時計?!みんなのとけい!!」 WS
  • 「とけいとけい、とけいがいっぱい」ルポ・マンガ
  • 「ガチャポンのおみやげ☆ヘアゴム」など。

「数字のわかる時計?!みんなのとけい!!」 WS

昨年の初夏に、娘さんと二人で「時計」を作りました。
スタジオから持ち帰った、端材のカッティング・シート。好きな形に切って、ペタペタと貼って、絵の具で数字を描いて出来上がり♪
ベースに使った時計は、なんと300円。小洒落た時計でしょ。(販売先は下のリンクからどうぞ)カンタンにかわゆく出来ましたが、どうも数字が見づらいのですー。

それで、今回は「数字がわかる時計」を作ろう!と思いました。子どもたちをウチに招いて一緒に作りました。
これまでで最多の4名の女の子たちが集合。クラスで一番のお姉さん的存在なRちゃんと、お絵描きが上手なMちゃん、妹のMちゃん、それからウチの娘さんです。
小雪がちらつく寒い日でした。お土産の「イチゴ」を美味しく頂きつつ、いくつかのハプニング(?!)もありましたが、わいわい作りました!
以下、制作から~完成までの写真とルポ・マンガです。ユニークな時計ばかりが並びました!!

「とけいとけい、とけいがいっぱい」ルポ・マンガ

「一番お気に入りの時計」

昨年の初夏、最初に作った「時計」です。コレが出来た時にはちょっと感動しました。たくさん撮影をしました。
造形スタジオや親子クラスで毎週色々なものを作り始めた年、5歳でしたが、ウチで作ったこの「時計」が一番のお気に入りだったかなぁと思います。材料費をなるべく使わずに、身の回りにあるものでカンタンに楽しいモノ作り。そして、手元に残るものー。

だからコレはきっとみんな喜んでくれるだろうなぁ、とひそかに考えていたのです。試作品もあるし、得意なWSのはずでした。でも、今回出来上がったその時計のいくつかは「動かなかった」のです。。。
裏面の「電池」の接触が悪かったのか、子どもたちが作りながらアレコレといぢってしまったのかー。元々リーズナブルな価格のものですから、それほど精密さは求められないとは思っていましたけど。「動かなかった」ことがとにかくショックでした。。。みんなごめんね~。今回は「オモチャの時計」ということになってしまいました。くやしいデス(涙)

そんな訳ですので、この時計を作りたいと考えた皆さんは、店舗で購入される際には一度「電池」の接触を確認した方がいいですよ。
あと、結果的に「わたし」が作った、あまりアレコレと装飾をつけなかった地味な時計(エッフェル塔柄)は今も動いているのです。「一番お気に入りの時計」もまだ動いてます。素早く簡素に?!作ることがポイントでしょうかー。あまりアテにならないご提案でスミマセン。WS精進いたします!

それから、今回は姉妹で1つの「時計」を準備しましたが、子どもたちに1つずつ必要でした。途中ややケンカになっちゃいました。どんなに小さな姉妹でも、各自の制作物が必要なんですね。みんなそれぞれ好きなように作りたいもんね!WS面白いです。

「ガチャポンのおみやげ☆ヘアゴム」など。

毎回、子どもたちに「おみやげ」を作るのですが、今回はカプセルトイの「ガチャポン」にリボンを付けてプレゼント仕様にしてみました♪

中身はおそろいの「ヘアゴム」いつものくるみボタンです。今回のワークショップのテーブルクロスと同じ柄のハギレから作りました。とても喜んでくれました。よかったです^^

今日はここまで。

池田 ハル プロフィール

福岡生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、古着屋店長、デザイナーなどを経てフリーランス。イラストレーターとして女の子の企画を中心に活動中。ハンドメイド好きな一児の母親でもある。
「小さな手が大きくなるまで一緒に手作りできたらいいなぁ♪」

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「狂いゆく男」第1回 後藤友香

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「正義隊」の後藤友香が放つ謎に満ちたホラーラブストーリー。

「正義隊」の後藤友香が放つ謎に満ちたホラーラブストーリー。 得体の知れない恐怖があなたの野性本能を呼びさます!待望の新連載にご期待下さい!!

【後藤友香】
マンガ家・画家。1978年東京生まれ。武蔵野美術大学油絵科卒業。
2001年「マンホールの謎」で第3回アックスマンガ新人賞南伸坊賞受賞。
2002年、第125回ザ・チョイス入選。個展多数、ロックバンドのPVアニメーションやミュージアムショップのグッズを手掛けるなど、アート方面でも活躍する。
著書に漫画『正義隊』1~4巻(青林工藝舎)、画集『鉄道画集』(よるひるプロ)、
小説家の古川日出男と共著の絵本『コレクションさん』(青林工藝舎)、挿絵『笑う鉄道 上京編』(ヨシモトブックス)等がある。
http://homepage3.nifty.com/yukarock/

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「ロマンガロン」第2話 まどの一哉

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ベテラン・まどの一哉が、なんとロボットマンガの長編に挑む話題作!

ベテラン・まどの一哉氏が、なんとロボットマンガの長編に挑む話題作!
これまでもお伽噺等をベースにSF色強い作品を描いていますが、この空想、実はもうひとつのリアリズムを表現しているのです。
コミカルな仮面の下に隠されたまどのマジックを新連載「ロマン・ガロン」でご堪能下さい!

【まどの一哉 】
1956年生、大阪府出身。美学校絵文字工房(講師・赤瀬川原平)卒。
1976年、月刊漫画『ガロ』12月号にて「運命の男」でデビュー。その後『クイック・ジャパン』等で作品を発表。
2006年より『アックス』で意欲的に作品を描き、現在オンラインマガジン『電脳マヴォ』にて「三角帽子」を連載中。

まどの一哉「絵空事ノート」http://esoragoto.iga-log.com/
「電脳マヴォ」公式サイト http://mavo.takekuma.jp/

著書として『洞窟ゲーム』『世の終わりのためのお伽噺』(青林工藝舎)、『西遊記』(ワイズ出版)がある。

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「流れる雲のように」 第6話 末井昭

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高校卒業し出版界に入るまでの苦悩と葛藤を描いた連載小説! 挿画/東陽片岡

「流れる雲のように」 第6話 末井昭

6. 電気ストーブとセックス

季節は冬になりかけていました。牛乳配達のとき、風が冷たくて顔がこわばります。牛乳配達が終わると工場に行き、冷暖房完備の精密検査室でウトウトし、工場が終わると町を歩き廻ったり、多摩川の土手に行ってみたりして時間をつぶしていました。窓なし三畳間に帰ると気持ちが落ち込むので、なかなか帰れないのです。

玄関横の窓が2つある部屋に住んでいる女の人とは、ときどき顔を合わせていました。20歳ぐらいの綺麗な人で、友達になりたかったのですが、僕は女の人に対して強度のコンプレックスがあったので、話しかけることもできませんでした。三畳間でオナニーなどしていると、ときどき無性に侘しくなることがあって、女の人であればどんな人でもいいから仲良くなりたいと思ったりするのですが、もう一人の自分が「おまえの顔は女と付き合えるような顔じゃねぇよ」と嘲笑います。

ある日、銭湯から帰ってくると、その女の人の部屋に誰か来ていました。玄関に男物の靴があったので、それが男の人だということがわかりました。どんな人が来ているのか気になりながら、三畳間の押し入れに敷いている布団にもぐり込みました。牛乳配達で朝4時に起きないといけないので早く眠りたいのですが、かすかに聞こえてくる2人の会話が気になって仕方がありません。気持ちがザワザワして寝つけないのです。

何を話しているんだろう、恋人なのかなぁ、ひょっとしてセックスなんかしてるのかなぁ、とか想像していると、ますます目が冴えてきます。なかなか帰らないので、嫌がらせのように障子をピシャっと閉め、わざと大きな足音をたててトイレに行ったりしていました。

男の人はときどき来ていました。来ると僕はイライラするので、帰ってきたとき玄関に靴がないとホッとしました。

ある日、男の人が来ていたので、いつものように三畳間でイライラしていたら、金槌でトントン叩く音が聞こえました。僕が住むようになったので、入ってこられないように襖に鍵をつけているようです。その鍵の対象が僕だと思うと、なんだかイヤな気分になってきて、襖なんて蹴飛ばせば簡単に外れてしまうぞと言ってやりたくなりました。チマチマ鍵なんかつけたって、そんなものいざとなればなんの役にも立たないのです。まぁ、僕がいざとなるようなことはなかったと思いますが。

本格的に寒くなり、暖房がないと過ごせなくなったので、電器店で小さな電気ストーブを買ってきました。三畳間に持って帰り、その電器ストーブのスイッチを入れたら、パチンとヒューズが飛びました。家中真っ暗です。

家主のお婆さんが懐中電灯を持って僕の部屋の障子を開け、「どうしたんですか?」と怖い顔で言います。電気ストーブのスイッチを入れたと言うと、「電気ストーブは電気を食いますからねぇ」と、まるで僕が犯人のように言います。確かにヒューズが飛んだのは電気ストーブのスイッチを入れたからですが、500ワットぐらいの小さなものです。僕が帰ってくる前にお婆さんも女の人も電気コタツを使っているので、すでに電気の容量がいっぱいいっぱいになっていたはずです。遅く帰っただけで犯人にさせられるのはたまったものじゃないとか思いながらも、お婆さんが懐中電灯を照らす中でヒューズを交換しました。

すると、角部屋の襖が開いて女の人が出てきました。僕がまた電気ストーブをつけてヒューズが飛んだら困ると思ったのか、「私の部屋にコタツがあるから来ませんか?」と言うのです。僕は「えっ、いいんですか?」と遠慮がちに言いながらも、図々しくその女の人の部屋に入り、一緒に電気コタツに入りました。コタツというものは、他人同士が急に仲良くなれるものなんですね。人見知りする僕でもいろんな話ができました。

その人はM子さんといい、僕より1つ年上でした。中学を卒業して田舎から東京に出てきて、東芝の工場で働いていました。僕と同じ工員です。僕より2ヵ月前にここに引っ越してきたそうです。

ときどき来る男の人が気になっていたので、「あの人どういう人?」と聞いたら、前に住んでいたアパートの隣の部屋に住んでいた人で、「お兄さん」と呼んでいるそうです。そのお兄さんが、アパートは独身男ばかり住んでいるので何かあるといけないから、お婆さんしかいない一軒家なら安全だと思って、この部屋を探してくれたそうです。まさか、お婆さんが他の部屋も貸すとはそのとき思わなかったのでしょう。襖を見ると3箇所に小さなヒートンがくっついていました。出入りするドアにも鍵がついていました。この前トントンやっていたときつけたものです。突然僕がここに引っ越してきたので、お兄さんが慌てた様子がよくわかります。

僕は人見知りはするしコンプレックスもありましたが、厚かましいところがあって、その夜は朝までその部屋にいて、明け方セックスまでしてしまいました(強姦じゃないですよ)。初めてのセックスだったのですが、わりとうまくいったような気がします。女の人の体って暖かいと思いました。そして、セックスってこんなに気持ちのいいものかと思いました。これもみな、電気ストーブのおかげです。

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イラスト: 東陽片岡

その後、M子さんとときどきデートするようになり、僕の心はウツウツからウキウキに変わりました。念願の恋人誕生です。ときにはM子さんの友達の女の子も誘って、川崎のスケートリンクに行ったり、渋谷に踊りに行ったりすることもありました。

その間にもお兄さんは来ていましたが、お兄さんが来るとイライラするので外に出ていました。行くところがないので父親のアパートに行ってドアを開けると、田舎から呼び寄せた母親とセックスの最中だったりして。僕が急にドアを開けたものだから2人は飛びのいて、父親は「昭か? なんじゃ」とか言いながら、裸でオロオロしていました。取り込み中だったので入ることもできず、そのままドアを閉めて逃げるようにアパートを出ました。

どこにも行くところがないし寒いしで三畳間に戻ると、お兄さんはまだいます。2人の会話に聞き耳を立てていると、前にも増してイライラした気持ちになってきます。お兄さんが帰ると、すかさずM子さんの部屋に行きます。あの男と別れて欲しいと言うと、そんなことは言えないと言います。M子さんと付き合うようになり、僕は孤独ではなくなったのですが、三角関係状態なので、気持ちはモヤモヤするばかりです。

そのうちお兄さんに僕とのことを感づかれてしまい、僕とM子さんは多摩川の土手に呼び出されました。お兄さんと初めての対面です。というか対決する気持ちでいました。緊張で心臓が締めつけられるようでした。

M子さんと2人でガス橋横の多摩川の土手に行くと、お兄さんは自転車で先に来ていました。僕より背が低いズングリした中年の人だったので、喧嘩したら勝てると思いました。多摩川で決闘するつもりでいたのですが、相手は殴りかかってくる気配もなく、土手に座って話し始めました。

多摩川の川向こうにその人が勤めるキャノンの工場がありました。工場というよりオフィスビルのような近代的な建物で、その人はその建物を誇らしげに見ながら「あんたには生活力はあるのか?」と言い出しました。いきなり経済の話です。要するにM子さんを養えるかということです。確かに経済力はなかったのですが、「ない」と正直に言うと負けると思って、「ある」と言ってしまいました。そのあとお兄さんは、M子さんとはだいぶ前から付き合っていること、あの部屋も自分が借りたこと、M子さんと結婚するつもりでいるというようなことを言っていましたが、僕は終始黙っていました。今度はM子さんに、「どっちを選ぶんだ」と言います。「どっちを選ぶって言われても…」とM子さんは困っているようでしたが、「私にはわからない。2人で決めて」とズッコケたようなことを言います。僕は自分が選ばれると思っていたのでガックリしました。

多摩川での対決は、何も結論が出ないまま、寒くなってきたので解散になりました。向こうは1人で帰って行き、僕らは2人で同じ家に帰って行きます。僕は「勝った」と思いました。同じ屋根の下で暮らす方の勝ちです。

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」 第六回 池田ハル

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イラストレーター池田ハルが娘さんと一緒に作る楽しいハンドメイド!!

「ハルさんちのハンドメイド~大きな手小さな手」第六回 池田ハル

  • 「赤ちゃんのガラガラ・ドーナツと、にぎにぎソフト」
  • 「スイーツ大好き・時屋さんのどら焼きと、お手製どら焼き」
  • 「どこでもフレームをつくろう!」WS
  • 「家庭科室で作ったハッピー・ジャケットのゆくへ」ルポ・マンガ

「赤ちゃんのガラガラ・ドーナツと、にぎにぎソフト」

この連載がはじまる前から、時間がある時に作りたいなぁ、と考えていたアイデアがいくつもありまして。今回のもけっこう以前から考えていました。そして、昨年末からチクチク作って来たもの、途中インフルエンザや諸々をはさみ、季節は初夏へー。長かったです。

せーーーーーのっドン!と、子どもたちの集中力めいっぱいの1時間くらいで出来るものが好きなんです。本当は。でも、作りたいもののほとんどがそんな風には出来ないですから。時間もかかる。その間に友人の赤ちゃんが2人生まれましたよ。少し遅れてのお祝いとなりました。

周りで子どもが生まれた時に、ほんのり喜んでもらえるようなプレゼントが出来たらいいのになぁ、と考えていたのです。図書館で書籍を探して参考にしつつ、素材を調達しながら変化をつけて行きました。

「フェルト製のがらがら」は手洗いが出来る素材で、赤ちゃんが汚しても洗えるのがいいですよね。握りやすい大きさです。表面のビーズはすぐに取れないようにしっかりと縫い付けました。小さいので絵本やカードに添えて郵送にしてもいいです。

このドーナツを製作中に、娘さんが『ドーナツ・タワーにして!』というので、出来るだけ多く作って重ねてみましたが、なかなか難しい。相当沢山作って積み上げないとタワーにはなりませんね。ドーナツ・タワーへの道のりは長いー。また気が向いた時にでも新しいスイーツ作ります~。。。

もう「がらがら」で遊ぶ年齢でもないと思っていたのですが、とても喜んでくれました。友人にも好評でしたよ。よかったです。

「スイーツ大好き・時屋さんのどら焼きと、お手製どら焼き」

「がらがら」作りのきっかけの1つとなった新宿「時屋」さんのどら焼きとお抹茶のセット(美味しいですよ)。お店の許可を得て撮影しました。うちのお手製どら焼きと共にー。実際には中に「鳴き笛」を入れましたから手で押すとプープーーッと鳴ります。ホッと一息、楽しい撮影でした♪

余談ですが、こちらはマンガ「ドラえもん」の中でドラえもんが食べている、どら焼きのモデルになったそうです。当時、藤子・F・不二雄先生がよく通っておられたといわれる老舗の甘味処。うどんや軽食もあるので子ども連れでも入りやすいですよ~。

親子クラス1年間の終了時、お土産にもらった「紙粘土製のドーナツ」お家で着色して、ビーズもトッピングしました。こーいうのホントに楽しくて好きですね!

「どこでもフレームをつくろう!」WS

地元の友だちのお家でも一緒に作って来ました。あらかじめフレームにアクリル絵の具で着色をして、こちらから用意した素材も持って行きましたが、基本は現地調達。砂場で拾ってきた貝殻だってくっ付けました。フレームってどこにでも売っているし、目的がわかりやすく作りやすいかなと思います。

実家に飾ってあった、娘さんの七五三の写真もキラキラにして来ました☆どこでも作れるから「どこでもフレーム」!!

上の写真、右下のものは別の親子クラスで作ったものですが、画用紙に絵を描いて、パンチで穴をあけたり、毛糸を通したりしました。お気に入りの写真を貼るだけでもいいですね。すぐに作れるどこでもフレームでした。

「家庭室で作ったハッピー・ジャケットのゆくへ」ルポ・マンガ

高校3年生の頃、放課後は家庭科室で服を作ったりしていました。その頃、創刊された雑誌「CUTiE」の中に手作りのコーナーがあって、わたしも応募したりしていました。すぐに人にあげてしまうので手元に残っていないのですが、上京した当時、旧友のSにジャケットをあげたのでした。20数年前のことですー。それを今でも着てくれているそうで(!!)本当にびっくりましたけど。嬉しかったです^^

青林工藝社さんちの「ラッキー」にもドーナツとソフトあげました。遊んでくれるといいな♪

今日はここまで。

池田 ハル プロフィール

福岡生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、古着屋店長、デザイナーなどを経てフリーランス。イラストレーターとして女の子の企画を中心に活動中。ハンドメイド好きな一児の母親でもある。
「小さな手が大きくなるまで一緒に手作りできたらいいなぁ♪」

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田中六大マンガ劇場第六回「村雨妖怪センター」おぶさりてい編

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マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回自由に描くwebマンガ連載。

マンガ家、絵本作家として活躍する田中六大氏が毎回テーマもページ数も自由に描くwebマンガ連載。
田中氏がどんな世界を見せてくれるのか? どうぞお楽しみに!

【田中六大】
1980年生まれ。多摩美術大学大学院修了。あとさき塾で絵本創作を学ぶ。
第7回アックスマンガ新人賞佳作。第50回ちばてつや賞佳作。第5回ますむらひろしコミック大賞受賞。

著書として
・漫画
クッキー缶の街めぐり(青林工藝舎)
・絵本の作・絵
でんせつのいきものをさがせ!(講談社)
・絵本の絵
だいくのたこ8さん(作・内田麟太郎/くもん出版)、しょうがっこうへいこう(作・斉藤洋/講談社)、ねこやのみいちゃん(作・竹下文子/アリス館)など
・児童書のさし絵
音楽室の日曜日(作・村上しいこ/講談社)ひらけ!なんきんまめ(作・竹下文子/小峰書店)願いのかなうまがり角(作・岡田淳/偕成社)など
http://www.rokudait.com/

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