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「流れる雲のように」 第11話 末井昭

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高校卒業し出版界に入るまでの苦悩と葛藤を描いた連載小説! 挿画/東陽片岡

「流れる雲のように」 第11話 末井昭

11. チンポコの塔

上野クインビーはビルの3階と4階にありました。3階と4階が別々のフロアではなく、3階にあるステージが4階から見下ろせるような構造になっていました。

普段はどの席からもステージが見える3階席にお客さんを入れ、4階は3階席にお客さんが入り切れないときだけ使うので、たいてい誰もいません。僕はショーが始まる時刻になると仕事場を抜け出し、その4階からよくステージを見ていました。

キャバレーのショーで多いのがダンスものです。一口にダンスといっても、ヌードショー、リンボーダンス、アダジオパッケージ、ラテンショー、金粉ショーといった、様々なダンスショーがあります。ダンスものの他では、歌や手品やコント、ブルーボーイショー、ピンク映画残酷ショーといったものから、のちにビューティ・ペアを生み出す女子プロレスもありました。

そういうショーのブッキングをするのが、僕らがいる宣伝課の隣にあった芸能課でした。

昭和30年代に比べればやや陰りが差していたものの、まだまだ大衆キャバレーに来るお客さんは多く、キャバレー廻り専門の芸人さんもたくさんいて、そういう芸人さんが所属している事務所から広告費をもらって発行している、『SHOW in JAPAN』という業界誌もありました。

芸能課は課長を含めて5人いて、全員男性でした。昼間は『SHOW in JAPAN』を見たりしながら、ショーのブッキングをしているのですが、上野クインビーが開店になる時刻になると、みなさんワイシャツの上にハッピを着て下に降りていきます。

芸能課の人たちは上野クインビー専属バンド、クインビー・オーケストラのバンドマンでもあったのです。さっきまで机に向かっていた人たちが、夜はステージで演奏している、芸能課はカッコいいなあと思って見ていました。

芸能課長はクインビー・オーケストラのバンマスで、黒いスーツに蝶ネクタイでタクトを振っていました。この課長はゲイ(当時はホモと言っとりました)だったようで、宣伝課の誰々が課長に狙われているとか、ひそひそと噂になったりしていましたが、宣伝課の課長に比べるとエバったりしない優しそうな人だったので、僕はなんとなくその課長が(同性愛的にではなく)好きでした。

ショーばかり見ている僕は、そのうち課長から照明を頼まれるようになりました。ステージの照明は店の人がやっていましたが、4階から芸人さんの動きを追うピンスポットの係がいませんでした。

ピンスポットをよく使うのがストリップです。最初は華やかな照明の中、華やかな衣装で踊るのですが、踊り子さんがだんだん脱いでいき、全裸にスカーフ1枚になると音楽もエロっぽくなり、ステージが暗くなります。ピンスポットの出番です。

上からピンスポットで踊り子さんの動きを追っていると、たまに踊り子さんと目が合ってドキッとします。スカーフで隠して客席からは見えない陰毛が、チラッと見えたりするときがあります。それはたまたま見えただけなのですが、僕にわざと見せてくれたんじゃないかと思ってドキドキしたりしていました。

僕はよくわからなかったのですが、クインビー・オーケストラの演奏は、だいぶ下手なようでした。月に1回ぐらい、店にハクをつけるために大物歌手(といっても往年の歌手が多かったのですが)を呼ぶことがあります。あるとき、昭和36年に「東京ドドンパ娘」という歌がヒットした渡辺まりという歌手が出演していたのですが、2曲目で突然歌うのをやめてしまったのです。あまりにも演奏が下手で、これじゃあ歌えないと言ってステージを降りてしまいました。ステージでまごまごしている課長が気の毒でした。

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イラスト: 東陽片岡

さて、そろそろ職場に戻ります。

仕事は相変わらず「クインビー東京踊り」とか「純生娘大行進」とか、店でやる催し物のチラシやらポスター作りです。その頃『少年マガジン』で、ジョージ秋山さんが「アシュラ」という漫画を連載していました。僕は怨念を背負ったアシュラが大好きで、チラシにおどろおどろしいアシュラが空を飛ぶ絵を描いたことがあります。

僕の作るチラシやポスターはだいたい評判が悪いのですが、アシュラのときは、課長に「なんだこれは? どういう意味なんだ?」と怒られました。「いや、あの、少年マガジンで話題になっているので…」とか口では言いながら、心の中では「フフフ、意味ときたか。なんでも意味だ。意味のないものや目的のないものは排除されるのだ。近代合理主義に基づく目的のはっきりしたものしか受け入れられないのだ。俺はそういう体制を打ち崩して………」長くなるのでやめますが、革命的デザイナーのつもりの僕はそんなことを考えていました。

あるとき、そういう僕におあつらえの仕事が回ってきました。

新宿中央口クインビーという、かなり広い店が新規開店することになり、ちょうどその頃万博が開催されていたので、催し物のテーマを「お色気万博・世界の国からコンニチワ」にしようということが決まったのです。新規開店の店なので力を入れて、日本館とかアメリカ館とかフランス館とかのブースをベニヤで作り、写真を貼ったり万国旗を張り巡らせたりして国際色豊かにしようと、まあそういうことになった訳です。

万博のシンボルといえば、岡本太郎の太陽の塔です。その太陽の塔に見合うようなクインビーの塔のようなものを中央に置こうと、そういう方向に話が進み、僕がそのシンボルを作る役をさずかったのです。

このときは、クインビーに入って初めてというほど燃えましたね。太陽の塔に見合うものは何か、あれこれ考えました。

キャバレーに来るお客さんは、ホステスさんがいるから来るのです。ひょっとしたらホステスさんとデートでき、うまくいったらホテルにでも連れ込んで……と妄想が膨らみ、ふと気付くとチンコが立っている。そうだ、勃起したチンポコの塔を作ろう。そう考えたのでした。

エロいものはOKなのですが、リアルなチンポコとなると課長にどう言われるか心配だったので、その辺は曖昧にしておきました。もし何か言われたら、チンポコ御神輿を担いだりするお祭りなどもあるので、そういう縁起物、しかも祭り感もあるとか言おうと思っていたのですが、結局何も聞かれませんでした。しかし、課長に見えるところで作ると何か言われそうなので、普段使わない階段の踊り場で作業することにしました。

まずベニヤ板を丸めて竿の部分を作ります。亀頭の部分は発砲スチロールの固まりを削って作りました。1週間ほどかかって、高さ2.5メートルほどのチンポコの塔が完成しました。それに蛍光ピンクのペンキを塗ると、結構なまめかしいものになりました。

そのチンポコの塔を他の作り物と一緒に車に乗せ、新宿中央口クインビーに運び、ダンスフロアの真ん中に設置しました。設置が終わって営業用の照明に切り替えると、ブラックライトに反応してピンクのチンポコがビカッと浮かび上がり思わず息を飲みました。周りのみんなも「すごい」とか「本物みたいだ」とか言っているので嬉しくなりました。

チンポコの塔完成の歓びに浸っていると、店長が出勤してきました。「ごくろうさん」と言って僕らをねぎらってくれたのですが、チンポコの塔を見るや「これ、マズいんじゃないかなあ」とか言い出しました。「警察が来たら、ワイセツで呼ばれるかもしれないぞ」とか言っています。そして「おい、大きな風呂敷買ってきてくれないかなあ」と、マネージャーに言います。

結局チンポコの塔は、警察が来たときのために、唐草模様の大きな風呂敷で覆われることになりました。僕はちょっとガッカリしたのですが、それから半月ほどして、ホステスさんが風呂敷を被せられたチンポコの塔を拝んでいるという情報が入りました。なんでも、チンポコの塔を拝むと指名が取れるのだそうです。

その話を聞いて、僕は神様を作ってしまったような気持ちになりました。


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