「泥船人生相談」第12回 幻の名盤解放同盟
――平等に聴く耳を持て。悩みに貴賎はない。同情も同調もいらぬ。――
人間の“生”の 現われである“悩み”を底辺から集め、既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系の泥沼にはまったあなたを幻の名盤解放同盟が真理の大海へと解放致します。
■メイン回答:船橋英雄/一コマ漫画回答:根本敬/音盤回答:湯浅学
(毎月1回更新)
- 相談其の23(63歳 男 出版社経営)
私は零細出版社の社長です。私一人でやっている会社で社員はいません。とはいえ、長引く出版不況の影響で毎月の支払いに頭を痛めています。ここ数年来、毎晩地球の滅亡を祈って就寝するのですが何事もなく夜が明ける毎日です。そんな折、知人から株で儲けた金を私の会社に税金対策で500万円寄付してくれるという連絡がありました。ただ、現在自分はニューヨークに居るため代理人を通すというのでその代理人に連絡をしたところ、「用件は判りました。でも、ニューヨークには居ないと思いますよ」と言います。そして指定した銀行口座にはまだ入金がありません。お金が欲しすぎて私の頭がおかしくなったのかと一瞬思いましたが、幻聴ではなく確かに携帯の留守電に若干ろれつの回らない知人からの伝言が残っています。私の頭は正常だと思いますか? ご意見お聞かせ下さい。500万円、否、100万円・・・せめて5万円でもあれば助かるのですが。
- メイン回答船橋英雄
初めて宝くじを買った、ジャンボ、連番10枚、2000円。当たった!! 1等、前後賞合わせて2億円。夢かと思い、幾度もほっぺたをひねる。痛たたた。新聞掲載の当選番号と繰り返し照らし合わせる。まちがいない、とんでもないビギナーズラックにぶち当たってしまったのだ。
これで共同便所のぼろアパートから脱出できる。すきま風ひゅーひゅー、両隣と階下の住人の話し声丸聞こえ、薄茶けてところどころ波打つ擦り切れ畳の六畳間からマンションへ引っ越そう。自動車も所有しよう。となれば雨風しのげる地下駐車場つきのマンションがいいな。ちんけなシステムコンポを捨ててオーディオにも凝ろうか。ソープランド行きたい、品を回転させない寿司屋に通いつめたい。使いみちが次々頭に浮かぶ。
おっといけねぇ、まだ金を手にしてねぇ。悪い行員にだましとられないとも限らないので、券の控えをとっておく必要があろう。思案。コピー機にかけて光を照射したらスーッと番号が消えてしまいそうな気がする。もしくは何かの文字だか模様だかが浮かび上がるやもしれぬ。ニセ券には相当神経をとがらせ、さまざまな対策を講じているだろうから、へたな真似はできない。そこで10枚並べて写真に撮り、肝腎要の3枚を除く7枚を愛機CANON FC230でコピー。券に変化は現われなかったが、控え作業はもう十分と考えた。
たすきがけのショルダーバッグを抱え、胸を高鳴らせながら第一勧業銀行へ。順番がきた、大いなる祝祭の始まり。カウンター越しに祭司が、短髪七三分け、色白、眼鏡使用の真面目を絵に描いたような若い男性行員が坐った。
握りしめてうっすら湿った番号札を置く。そして身を乗り出し、のどをごくりとやり、声を押し殺して言った。
「当たっちゃったんですよ、宝くじ」
「は? あ、それはおめでとうございます。何等でございますか?」
行員も声をくぐもらせ、ゆったり答えた。
「ジャンボのね」
「はい、ジャンボの」
左右をチラ見し、さらに腰を折り、耳打ちするように告げた。
「一等。前後賞合わせて」
「そうでございますか。かしこまりました」相手は一転明るく言い放つと両手で四角形を作った。「お持ちですよね?」
バッグの内ポケットから茶封筒入りのそれを差し出すと、ぱらぱらやった。
「ただいま確認してまいりますので、少々お待ちください」
言い残すや素早く席を立って奥の部屋へ入ってしまった。
『おいおい預かり証はどうしたんだよ、立ち会い人もいなかったぞ。そのままドロンする気じゃないだろうな』
気が気でない。カウンター乗り越え、分厚そうなドアを開けたい衝動を懸命に抑える。一分が一時間に感じられる三分間の後に戻ってきた。
「お待たせしました。まちがいありません。では、お手数ですが、こちらの書類にご記入をお願い致します」
券とともに渡された紙切れに住所、氏名、年齢、職業、電話番号、購入場所を書かされ、身分証明書たる運転免許証のコピーもとられた。
「お支払いには一週間程度かかるのですが──」
「すぐ頼みますよ。そのつもりで来たんだ。おたくの銀行とは長い付き合いでね、ほら、通帳も持参してきたんだ」
「そうおっしゃられても、きまりですので・・・・・・」
「そこをなんとかしてくれって頼んでるんじゃねえの」人が変わったように荒くれ、脅し口調になっていくのが自分でも不思議、そもそもどうして一週間待てないのかがわからないと思いながら対す。「のっぴきならねぇ事情があるんだ。察しろや。本日ただいまこの場で入金してもらわねぇと困ったことになるんだよ。あんた、責任とれっか? 通帳にピッと印字すれば済むことだろう、簡単じゃねぇの。ささ、早いとこ頼むぜ」
近くの行員らが眉をひそめて眺めている。俺は10枚の券で扇を作り、気持ちよさそうにあおいでみせる。
「少々お待ちください。相談してまいります」
対照的な人相風体の男を伴って返ってきた。支店長代理という、そのでっぷりした中年の行員は笑みを絶やさず話す。隣席の部下は置き物のごとく動かず、黙ったまま。
「しかたないですね。わかりました」ぬらぬら脂ぎった色黒の顔から笑みが消えた。「これ以上お話をさせてもらってもむだなようですから」
俺は命の危険を感じ、こわばった。しかしそれは瞬時のことで、命の次に大事な3枚の控え証と交換した通帳を、彼は身をよじって機械に入れた。カチャカチャという小気味よい音に続いてすべり出てきたそれを手渡されると、200000000がお預かり欄にしかと打たれていた。俺は放心に抗うためずらりと並んだ9つの数字を何度も何度も確かめる。桁外れの喜びと安堵がじわじわこみ上げる。同時に冷静さが蘇っていく。
保身のためにこの件は断じて口外せぬことと肝に銘ずる。一人に漏らせば早晩あっちゃこっちゃからたかられるだろう。レコード、CD、ビデオ、書籍等を売り払いタケノコ生活を送る音楽評論家やら漫画家やらにまずは無心されるにちがいない。用心、用心。
顔をあげれば支店長代理に作り笑いが戻っている、部下も笑っている。我知らず涙腺がゆるみ、二人の顔がぼやける。200000000も・・・・・・・・・
宝くじを買ったのは事実。後日談はフィクション、一場の夢。数十年前の夢だけれど、今もってまざまざと思い出すことができる。それほどリアルだったのだ。貧すれば鈍するというが、極度に貧すると狂するのかもしれないね。パラレルワールドのリアルに迷い込むのもその一つでしょう。俺の場合、夢と悟ったからいいようなものの、否、実は本当に当選したんじゃないかと疑ってるんだ、現在でも、ちょっぴり。金を使った記憶が失われただけ、モノの痕跡が見当たらないだけなんじゃないのか、と。
相談者の頭は正常です。文明の利器が承認、証人、弁護人。しばらく待ち受けましょう、知人の新たな動きを。
気がかりなのは「せめて5万円」のくだり。まずいよ。ままならぬ身すぎ世すぎの現実という大鍋にどっぷりつかってはなりません、どんなにつらくても。意識だけでもいい、とにかく抜けてください、外からつっ突いてください。
500万円は湯気、天からのささやかな贈りもの。目先を第一次現実ともいえる大鍋からリフトアップしてくれるのだから。
もしも湯気が言葉通りに化けて降ってきたら、てなことはなるたけ考えないようにしましょうよ。リアルの先のシュールリアル、アンチリアルの世界なんですから。
- 一コマ漫画回答根本敬
- 音盤回答湯浅学
あなたの頭は正常です。だから疲れるのです。狂っているのは狂っていないときがあったから狂っているとわかるのであって、生まれる前からずっと常人離れしている人というのもいますが、そういう人は自分のことを正常か異常かと問うことはしません。相対化するべき対象がわからないからです。
その点であなたは自分に問うていることにおいて世間(現世)一般(だいたいの常人社会の平均に近い基準)でいうところの正常だということになります。しかし金がないことが気持と肉体に災いをもたらしている状態にあることは確かです。お金はあれば安心というものではありません。人によってはお金があると使わねばならぬとの強迫観念にさいなまれて死んでしまうこともあります。
お金に負けている以上、現状からの脱却は当分難しいと思います。宝くじを当てることをお勧めします。
- 相談其の24(32歳 男 フリーター)
「泥船人生相談」いつも楽しみに拝見してます。僕もいつか同盟の皆さんに悩みを打ち明けたいと思いながら、いざ悩みを書こうとすると何も思いつきません。悩みとはどの時点で悩みと呼べる状態になるのでしょうか?
- メイン回答船橋英雄
俺も同じ。「悩みは?」と問われたとしても何も思いつかない。俺をよく知る者ならば悩んでしかるべき事柄をいくつも指摘できるだろうけどね。
べつに満ち足りてるわけじゃないよ。問題がないわけじゃない。でも悩みに至るまでのコトはありません。鈍感なんでしょう。いや、正直いえば、鈍感たるべく努めているんだな。すりかえたり目をそらしたりしてさ。擬似鈍感。悩もうと思ったらどんなコトでも悩めるし、どこまでも悩めるし、人生に相渉るうえで絶対に必要ですよ、擬似鈍感。と、自己正当化。
悩むって宙ぶらりんで揺れ動いている精神状態でしょ。炉辺のモノ、余裕の産物、娯楽に近いね。冗談ぬきにヤバかったら、危機が差し迫ったら悩んでるヒマなんかないはずだもん。
娯楽はついつい熱中しがち。視野がせばまって近視眼になって、ソレしか見えなくなる。悩むって快感なんじゃないの? 苦しみを通り越すと気持ちいいだけの領域に入るんじゃないの? 思いつめ悩みぬき、快感がレッドゾーンを振り切った果ては・・・・・・
悩みは個人的な問題だが、その原因たるや没個性的なのが多い。個性を打ち出すなら何に悩むか、あるいは、どのように悩むかの二通りしかないと思う。ぜひともパーソナルにスタイリッシュに取り組んでほしい。『へえ、そんなコトに悩むのか』と驚かすか、『ほう、そのように悩むとは』と感心させるべし。
矛盾するようだけど、独りよがりはいただけない。娯楽ゆえ遊び心も忘れないでネ。他人を喜ばせる複眼もほしいぞ。
悩みは自己申告制なり。ただし、虚偽は禁物!
- 一コマ漫画回答根本敬
- 音盤回答湯浅学
どうしたらいいのか自分でよくわからないことがらで、それを現状から変えたいが、その方法がわからない、というのがいわゆる悩み、だと思いますが、別にわからないがどうもしなくていい、と思えば悩みにはならないでしょう。
気の持ちようというか、生きている自分と世の中をどう考えるか、その一点によって悩みは生まれますが、悩むと成長するという人もいれば、悩んでもたいしたことにはならないという人もいる。そんな感じです。悩むことがセックスより好きという人もきっと少なくないことでしょう。悩んでじっとしているのもいいですが、畑仕事したり蜂飼ったりするほうがましな気がします。
お悩み募集!!
幻の名盤解放同盟の「泥船人生相談」では特殊なお悩みからたわいも無いお悩みまで、ジャンルを問わず募集しています。相談内容(600字以内)・氏名(任意/公開しません)・年齢・性別・職業を明記の上、件名を「泥船人生相談係」としてメールにてご応募下さい。
※お寄せ頂いた全てのご相談にお答え出来ないことをご了承下さい。またサイトで採用されたご相談は書籍化の際に掲載する場合がございます。謝礼はお支払い出来ませんが予めご了承下さい。
※頂いた個人情報をご本人の許可なく転用は致しません。
幻の名盤解放同盟 プロフィール
漫画家・根本敬(書記長)、音楽評論家・湯浅学(常務)、デザイナー・船橋英雄(社長)の3人が1982年に結成。以来、「すべての音盤はすべからくターンテーブル上(CDプレーヤー内)で平等に再生表現される権利を有するべし」をスローガンに、この世で最も地中に根を下ろしすぎた超俗エブリシング・オールライトな音盤たち(他)の探求に明け暮れること33年(2015年現在)。その活動――イイ顔とイイ歌を既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系から解放する行為――が発端となり生じた社会現象が、90年代半ばに脚光を浴びたポンチャック・テクノの帝王李博士の活躍や昨今の昭和歌謡ブームである事を知る人はおそらく少ない。
なお幻の名盤解放同盟名義の業績として、音盤に「幻の名盤解放歌集」シリーズ・「幻の名盤解放箱」・「幻の名盤お色気BOX」(いずれもP-VINE)・「和ラダイスガラージ DJ MIX VOL.6 -女のスナッキーを踊ってみろ!」(永田プロモーション)、書籍に『ディープ歌謡 The dark side of Japanese pops』『夜、因果者の夜』(ともにペヨトル工房)・『幻の名盤百科全書』(水声社)、『お色気ディープ東京』(ブルース・インターアクションズ)・『元祖ディープコリア』(K&Bパブリッシャーズ※4半世紀に亘り3社の版元を経ての最新版)等がある。