「泥船人生相談」第8回 幻の名盤解放同盟
――平等に聴く耳を持て。悩みに貴賎はない。同情も同調もいらぬ。――
人間の“生”の 現われである“悩み”を底辺から集め、既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系の泥沼にはまったあなたを幻の名盤解放同盟が真理の大海へと解放致します。
■メイン回答:船橋英雄/一コマ漫画回答:根本敬/音盤回答:湯浅学
(毎月1回更新)
- 相談其の15(43歳 男 営業)
広告代理店勤務。といえばきこえはいいですが、スポーツ新聞の求人欄の営業マンです。根本先生の著作に『心機一転 土工!』というのがありましたが、ああいう広告を主に手掛けている会社です。
劇画「巨人の星」が子供の頃から好きで、周囲から変わってるとよくいわれましたが、あの劇画を通してリアルタイムでは存じませんが、最終的には川上監督のファンになりました。お怒りになるかと思いますが、川上監督は同盟の皆さんが支持する落合博満監督以上の名将だと思います。
その川上監督の発言を追っていたら「選手だろうと球場の整備員だろうと真面目に与えられた職務と向き合っていれば、必ずそれを見ているものがいて、いつしか評価される」という意味合いのことを語っているのを見つけました。川上監督は尊敬しますが、この発言には疑問を持ちました。
自分のまわりの現実をみわたせば、社会人となってからの20年、自己アピールに長けた奴の方がただひたすらコツコツ努力するタイブよりも上司ウケがよく絶対に得をしていると思います。10年以上いる今の職場にもそういう奴が常にいて、上司受けがよく、よほどの実力の差がないならば、そういうタイプの人間の方が確実にコツコツやるタイプよりも出世しているように思います。
そう考えると、営業畑一筋のわりにいまだに自己アピールの下手な、女のひとりも口説けないこの40代独身としては、最近しばしば空しさを感じてしまいます。今後どう生きていけばよいのでしょうか。
- メイン回答船橋英雄
ステージを変えよう。ステージとは職場あるいは意識。心機一転 どこう!
とはいえ好転の保証はない。職場をかえても天敵じみたイヤな野郎は必ずいるもんだ。その点は覚悟しておいてほしい。ただし、今現在より楽になる可能性はある。
意識をかえるとは達観、諦念。ぶっちゃけ、気にすんなってこと。それができれば苦労はないと言うかもしれないが、苦労してでもその境地に至るべきだ。他人は他人、自分は自分、と。自己アピールに長けたお調子もんに苛立ち、嫉み、憎しみを抱いている限り君は同じレベルにある。相手は、半分の君だ。君は、相手の半分だ。二人は一人だ。
観る、視る、診る、看る目を持った人間に恵まれなきゃ「いつしか評価される」ことはないと思う。川上哲治の発言に対する疑いはもっともだ。陰日向なくコツコツ努力している君の姿は、単に見るだけの上司にとって網膜上を通り過ぎる幻の如し。相性の悪さはいかんともしがたい。観て、視て、診て、看てやるのは、そして評価を下すのは我のみと思い定めるが身のためぞ。
その昔、落合博満ディナーショーを体験。幻の名盤歌手として自慢ののどを披露してくれず、トークに終始したのは残念だった。それはともかく、ちょっと印象的な箇所があったので君に贈ろう。
「悩みのほとんどは寝不足が原因。ぐっすり眠りゃ治っちゃうよ。あと、体が調子悪いときはコーラが効く。へたな医者行くよりコーラを飲め」。 件の川上語録とどっこいどっこいの信憑性だが、熟睡とコーラの二刀流/広角健康法、ぜひ試されたし。
口下手な営業マンって悪くないぜ。売り文句を立て板に水で放たれるより信頼できる。が、しかし、先方が恋愛対象の場合はいかがなものか。相性はあるにせよ口下手は概してマイナス材料として働いてしまう。
この際、口による自己アピールは封じ、収入を増やすことに邁進しよう。経済力は成人男性の大いなる魅力。つり書きの紙に明示した年収の数字で口説くのだ。女をゲットするためと思えばイヤなことにも目をつむって精勤できよう。
彼女ができて頻繁に寝不足になればしめたもの。頭くらくらのぼんやり状態で勤務してりゃ目の上のたんこぶなんぞ気にならなくなる。逆・落合健康法ネ。ダブルヘッダー、三回戦と励みすぎてくたくたのときはコーラよりイチローのユンケルの方が効くと思いますよ。
- 一コマ漫画回答根本敬
- 音盤回答湯浅学
そのままでいいです。死にたくなければ。もし死んでもいいと思うのなら、一般市民ではなく、政府の要人をぶち殺したり大企業のトップ、あるいは最大大手広告代理店トップなどを誘拐して殺したり公の場でなぶり殺したりして世間にアピールする犯罪者になるのもよいでしょう。ただしおばさんに嫌われるようなことはいけません。
安穏とはなにか、考えてみて下さい。破滅を覚悟すればもう少し生き方が広がる可能性はありますが、山羊のような人生は、もくもくとしているだけでガツガツ生きているやつらへの反証になると思います。欲をかくなら死ぬ気で、そうでないなら屁のように。
- 相談其の16(87歳 男 農業)
うちは都市近郊で代々農業を営む地主の一族です。
現在59歳の長男は、世の中が高度成長期の頃に生まれ、都心から30分の我々が持つ先祖代々の田畑を次々に処分し、また自分たちも数えきれないマンション、アパートを持ち、百姓風情の我々が今や桁外れの金持ちになっていく最中に育ちました。私や10年前に死んだ女房が甘やかしたのがいけなかったのか、その長男は「百姓なんて格好悪い」と高校を出て何度か勤めに出ましたが、どこも長続きせず、いやいやついた家業である農業の方も「まあ、所詮税金対策だから」と他人事のようにほざき中途半端でろくに働かないし、女房が生きていた頃、足腰が弱って歩けないというのに、病院へ行くのに三台も持ってる車を一台も出さないし、兎に角気が利かない。嫁はいるけれども子どもは出来ず、夫婦仲はとうに冷え切ってアッチの方も十数年ご無沙汰だろうと思います。だけども嫁は財産目当てで離婚しません。
それはいいとしてその長男だけども、何も出来ないくせに近所の住人に声をかけては、役人の天下りがどうした、あそこの◯◯は実は自民党の誰それのごり押しでああなったと、自分で得たわけでもないどこかの受け売りをさも知ったように仕事の手を止めては油を売り、したり顔でてめえの事情通ぶりをアピールして、相手方が気にいらないことを言おうものなら、顔見知りの腰の曲がった婆さんだろうとイチャモンを付けて罵り合ったり、店子が道路に車をとめてんのを見るたびに「どこそこの○○さんはすぐ警察に通報するから気をつけた方がいいよ」などと相手がうんざりしているのにいらぬアドバイスを延々したり、兎に角この息子は話ならんなあ。
私に「ちゃんと仕事しろ」と叱られた後などは特にひどく、一応しばらく畑仕事はするものの、通りがかりの知り合いが「こんにちは」と挨拶をしても無視。知り合いがもう一度「こんにちは」と声をかけると、憮然として「誰?誰か知らないけと今忙しいから声かけないでくれない」とあしらいます。でも相手によっちゃあ急に態度を変えてニコニコ愛想よくしたり、まあ気分にムラがあってといったらいいのか、子供の頃とあまりにかわってないというか、兎に角困っておるのです。要は未熟なんです。
こんなバカ息子に育てた私にも責任はあると思いますけども、私が死んだら残した田畑を食い潰すのは目に見えています。60近くにもなって未成熟な息子を持つ親はどうしたらいいでしょう?息子をまっとうな人間にすることは諦めてますが、でも本当にこのまま諦めた方がよいのでしょうか。本家や他の分家とこにも面目がたちません。
- メイン回答船橋英雄
総領の甚六ね。お父様の気持ちはよくわかりますけれど、同じ長男の立場としては息子さんが羨ましくてしかたありません。あなたみたいな父がほしかった、富豪の末裔として生まれ育ちたかった。
相談文から察するにバカ息子、いや、愛息は凶悪事件を起こすようなタイプではない。交差点の故障した信号機のかわりに勝手に手旗を振って交通整理をするような人の好さが感じられます。社会の公器を自任しているふしが認められます。
凄惨な殺人でも犯して新聞種になってごらんなさい。賠償で没落、一家離散、どこか遠くへ引っ越さねばならなくなりますぞ。
金は墓まで持って行けません。ここはひとつ所有する動産、不動産のような豊かで広い父性で受けとめてあげたらいかがでしょう。目の黒いうちに息子に蕩尽されるのは、それはそれで安心、幸福ではないでしょうか。減らされるたびにマゾ的な快感にうち震え、同時にしみじみと己れの有能さ、築き上げた富とそれに伴う骨折りの数々に想いを馳せるがよろしい。
立派なファーマーにして愛すべきファーザーに乾杯!
- 一コマ漫画回答根本敬
- 音盤回答湯浅学
実家は食いつぶすためにある。というようなことを故若松孝二監督がおっしゃっていました。直接聴いた話です。御子息を映画の道に誘うというのはいいと思います。映画はいろいろなことができますし、お金もかかります。
現在お持ちの畑は転用するにはまだ何十年かかかるでしょうし、このまま御子息まかせにもできないでしょうから、趣味とはいえなんだかわからないけれど文化的なことに資金をつぎこんでいる、と御子息に感じさせれば、多少の無駄は減るものと思われます。
ただしこんどはあたりかまわず映画の話を吹きかけるかもしれませんが、そのときには、ラップをやらせてみるとかギターを買ってシンガー・ソングライターの道を開くため、フォーク酒場を開店するなどしてはいかがでしょうか。
お悩み募集!!
幻の名盤解放同盟の「泥船人生相談」では特殊なお悩みからたわいも無いお悩みまで、ジャンルを問わず募集しています。相談内容(600字以内)・氏名(任意/公開しません)・年齢・性別・職業を明記の上、件名を「泥船人生相談係」としてメールにてご応募下さい。
※お寄せ頂いた全てのご相談にお答え出来ないことをご了承下さい。またサイトで採用されたご相談は書籍化の際に掲載する場合がございます。謝礼はお支払い出来ませんが予めご了承下さい。
※頂いた個人情報をご本人の許可なく転用は致しません。
幻の名盤解放同盟 プロフィール
漫画家・根本敬(書記長)、音楽評論家・湯浅学(常務)、デザイナー・船橋英雄(社長)の3人が1982年に結成。以来、「すべての音盤はすべからくターンテーブル上(CDプレーヤー内)で平等に再生表現される権利を有するべし」をスローガンに、この世で最も地中に根を下ろしすぎた超俗エブリシング・オールライトな音盤たち(他)の探求に明け暮れること33年(2015年現在)。その活動――イイ顔とイイ歌を既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系から解放する行為――が発端となり生じた社会現象が、90年代半ばに脚光を浴びたポンチャック・テクノの帝王李博士の活躍や昨今の昭和歌謡ブームである事を知る人はおそらく少ない。
なお幻の名盤解放同盟名義の業績として、音盤に「幻の名盤解放歌集」シリーズ・「幻の名盤解放箱」・「幻の名盤お色気BOX」(いずれもP-VINE)・「和ラダイスガラージ DJ MIX VOL.6 -女のスナッキーを踊ってみろ!」(永田プロモーション)、書籍に『ディープ歌謡 The dark side of Japanese pops』『夜、因果者の夜』(ともにペヨトル工房)・『幻の名盤百科全書』(水声社)、『お色気ディープ東京』(ブルース・インターアクションズ)・『元祖ディープコリア』(K&Bパブリッシャーズ※4半世紀に亘り3社の版元を経ての最新版)等がある。